International Sculpture Center
 

フルード・ボーダーズ
デジタル・スカルプチャー ―― その審美的な展開劇(続き)
                               クリスチャン・ポール
                                           (翻訳: マザ洋子、鈴木康史)

位置付けとその価値

3次元からラピッドプロトタイピングに至る視覚化とモデリングの手法は3次元的表現の構築方法やそれを認識する方法を変え、 彫刻家の創造的可能性を大きく広げたことは疑う余地がない。
マリケル・リースの意見では、 デジタル技術は彼の創作の趣意をさらにわかりやすくしたものである。 そして一種の矛盾した見方であることを認めながらも大切なのはどうやって彫刻が創られたかということではなく、 その彫刻が何を意味しているかということが重要視されてきたと言う。 事実、デジタル技術はその比較的新しい分野であるがゆえに、モデリングや制作過程での使用が大きな注目となっているが、 真に注目に値すべきことは、デジタル技術は彫刻の可能性を従来考えられていたかたち、大きさ、重さ、空間などの限界を超えた 新しいレベルに引き上げるものであるという点にちがいない。 リースがまさに指摘するように、この分野の発展はただコンピュータそのもの存在によるものだけでなく、 アートアンドランゲージやコンセプチュアルアート全般によるところが大きい。
デジタル彫刻が他の種類の彫刻と同じような地位(社会的認識)と価値を持っていることは (少なくとも持つべきであることは)明らかである。物体の創造のために情報や機械を使うことは、 クリスチャン・ラビーヌが指摘するように、遠い昔、新石器時代に人間が実際に彼らの手でものを作り始めた その進化の流れと同じものである。実際に目に見える現実のものを一つの発想のもとに創造することが根本的目的である。 ラバインによるとデジタルそしてバーチャル彫刻は考えることそしてそれ自体を具体化するために「書くこと」である。
たとえデジタル彫刻が、芸術史のなかにその地位を築くことができたとしても、 その為に従来までの価値観の再考を促すような根本的に新しい要素が必要であろう。 ダン・コリンズが言うように、芸術界ではデジタル彫刻の地位はまだ高いとは言えず、 プロのアートの世界を閉鎖的にしがちな評論家やキュレーターや鑑定家を教育する必要があることは多いにうなづける。

クリスチャン・ラビーヌ

アートの世界において、写真やプリント、ビデオ、そしてその他の 「技術」を伴った芸術がなかなか受け入れられなかった事実を見れば、 新しい用法の真価を認めるのに時間がかかるのは今に始まったことではない。ダン・コリンズ

伝統的な芸術の世界でデジタル芸術への抵抗と疑いの主な原因は、その半永久的に復元や複製できる可能性であり、 常にオリジナルと複製という疑問を起こすことに問題がある。 いわゆる写真やビデオが芸術としてのその価値を獲得したとしても、 アート業界での金銭的な価値は今だにその希少価値とオリジナル性に大きく左右される。

ヴェルター・ベンヤミン( 今やマニフェスト的となっている「複製技術の時代における芸術作品」の著者) がしきりに支持される風潮の中で、なおかつ半永久的に生産できるアートの収集性の意義に首をかしげる人は多いと コリンズは語っている。クリスチャン・ラビーヌが指摘するように、収集家や芸術品市場のほとんどは、 電子芸術に対して 敵対的な態度をとっている。 それはある意味では芸術そのもの素性への理解の不足であり、 またある意味では作品を楽しもうとする気持ちよりも芸術家の魂を消費してしまうキャーニバリズムの問題であろう。
アート業界の抵抗にもかかわらず、デジタル彫刻の分野は確実に成長している。 スミス氏は、それが審美革命を受け入れることのできる新しい世代を約束する新生児の誕生だと信ずる。 デリック・ウッダムはアメリカの高等教育はデジタル彫刻の制作の普及に大きな役割を果たしたと指摘する。 教育機関におけるコンピュータの新技術の開発と発展への努力は、 芸術家たちにとってそういった新技術を取り入れやすいものとし、 特に過大な金銭的負担もなく取り組める状況を作ることで、 新技術を利用する芸術家とその作品の急増を演出した。

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